投稿

2023の投稿を表示しています

「あのエロい映画なんだっけ?」

イメージ
5月25日発売の月刊アクション7月号にて、読み切り「あのエロい映画なんだっけ?」が掲載されます。もともと昨年末ごろに打ち合わせをして、締め切りが春なので、まあその頃には他の仕事も片付いてて時間あるやろと思ってたら、全然片付かずに締め切りが迫ってきたので急いで描いて、なんやかんやでこっちが先に発表される形になりました。ままならないですね。 ギャル子の4ページでネタをバカスカ詰め込む作風に自分が慣れてしまった結果、「絶対にそのページ数では収まらないような題材・ネタ量を、パズルのように組み合わせて無理やり成立させる」というのが、今の自分の漫画の作り方になってしまっています。なので、今作が特に気負った内容というわけではなく、いま短編の依頼がきたらどの仕事であろうと、同じかそれ以上の濃度の作品になるかと思います。これは本当に良くも悪くもで、「何でもいいから、サラっとした軽いやつお願いします」みたいのだと描けないんですよね、逆に。 今回、ネームに関してはほとんど苦労せず、特に後半は登場人物たちが勝手に行動しはじめたので、それをなぞって描くだけでした。作中に出てくる条件に合った映画名を選別する方が難しかった。そうかと思えば逆に、「前々から考えているけれども、どう揉んでもうまくいかないなあ……」みたいな題材もあったりします。ナイツ塙さんの著書 『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』 の中で、 「練習しなくてもいいネタは、ネタそのものがおもしろいし、そもそも自分たちに合っているんです。逆に練習しなければならないネタは、ネタがつまらないか、自分たちに向いてないんです。」 というくだりがあって、これ漫画のネームでもそうなんじゃないかと思います。うんうん唸っていじくりまわすネームって、要するに面白くないから苦労していじくる必要があるわけだし、そもそもが自分に向いてないからうまくいかない。うまくいったな〜というネタは、だいたい最初から最後まで一瞬で思いついて、はじめから面白いんですよね。そういう意味では今回のネタは、自分に向いたネタだったんでしょうね。 最近はシャーロック・ホームズの原作にハマっていて、新潮社文庫の延原訳を読み漁っています。もともとえのころ工房さんが作られた 『シャーロック・ホームズ人物解剖図鑑』 という本がたいそう面白く、これで取り扱っている3冊(「緋色の研究」「四...

この杭を抜くものは高望みを述べよ

イメージ
森見登美彦のエッセイ集「太陽と乙女」を読了した。 森見氏の作品は、アニメ版の「四畳半神話体系」から入ったクチである。アニメが2話まで放映された時点で、その語り口の面白さにどうにも我慢できず原作を購入し、それからデビュー作の「太陽の塔」や、出世作「夜は短し歩けよ乙女」などを斜め読んだ。インターネットで検索し森見氏のブログである「この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ」に辿り着き、そのあまりに見事なタイトルセンスに嫉妬して、ほとんど読まずにブラウザバックしたりした。「高望み」というのは何とも小憎らしい、森見ワールドを象徴するようないい言葉である。 森見氏はこの本を「眠る前に読むべき本」と称していたが、生憎こちらは寝る前に本を読む習慣が全くない。のでトイレに置き、用を足すごとにちびちびと読み進めた。基本的に森見氏が様々な媒体で書いた「小説ではない文章」を寄せ集めたものであり、たとえば東京で暮らしていた頃の仕事場として借りた部屋の思い出であったり、編集者と一緒に富士山に登った話であったり。京都大学で所属していたライフル部の思い出などは繰り返し何度も登場するが、これは森見氏が小説家になる明確なきっかけなのである。 中でも面白いのは、森見氏の日記が収録されている点である。しかも京都大学在学中に日本ファンタジーノベル大賞に「太陽の塔」を応募し、大賞を受賞した、まさにその前後の日付のものである。ある人物の人生が明確に変わる瞬間の記録であり、しかも日記であるから、他人に読ませようと思って書かれた内容ではないため、その心情の生々しさには信頼度がある。こちらは当然、応募した小説が大賞を受賞し、その後は有名作家になることがわかった上でその日記を読むのだが、そうした「答え合わせ」を知った上で読む過去の日記というのは非常にスリリングでゾクゾクする。余談だが、「岡嶋二人盛衰記」も江戸川乱歩賞を受賞し作家になる瞬間が描かれており、こちらは後から書かれた回顧録なのであるが、たいそう面白いので是非読んでほしい。 エッセイ集の最後には「空転小説家」という連載が収録されている。これは台湾の雑誌に向けた連載という異色の仕事であるが、一方で森見氏本人やその小説観の集大成とも言える内容で、読み応えがある。さらに加えて、このエッセイを書いた当時、森見氏は東京に上京した後に仕事を受け過ぎてパンクし、全連載を停止させ...

惣菜の街

イメージ
近所に新しくスーパーが出来るらしい。 いま現在住んでいる場所には多くのスーパーがある。おおむねどれも良いスーパーだが、それぞれに長所と短所を持ち合わせており、その時々の用途によって行き分けている。たとえばスーパーAは駅前にあり最も近いが、いっぽうで線路を超えたスーパーBは今時に24時間営業という頼もしさがある。川沿いに下った湾岸にあるスーパーCはやや遠いものの、巨大なホームセンターやフードコートと併設されており、その規模に恥じぬ強力な品揃えを誇る。また、別方向にあるスーパーDはその近所に何もないのだが、自社ブランドの惣菜が美味いことで有名で、他に用事が無くともそれだけで行く価値がある。等々。 そんなスーパー戦国時代の真っ只中にある我が家に、また新たな国が誕生するというチラシの報が投げ込まれていた。その店(仮にスーパーEとしよう)は来月開店だそうだ。どんなスーパーなんやろな、とぼんやりと楽しみにしていたのだが、先日通りがかった工事中の建物の中に、真新しいスーパーEの看板を見かけた。ほう、ここに出来るのかと心中で呟いていたら、通りすがりのカップルも同じ看板を見たのか、そのままスーパーEの話題をはじめた。 「へえ、こんなとこにスーパーEができるんだ」 「ほんとだ」 「スーパーEは惣菜が美味しいんだよなぁ」 こうした地元民の忌憚のない声は貴重である。誰に言うわけでもない話なのだから、100パーセント本音であり、信頼できる。心の中で(スーパーEの惣菜、要チェックだぞ)と反芻する。そんな私をよそに、カップルはなおも会話を続ける。 「近くにスーパーDもあるんだけど、あそこの惣菜、最近オレあんま好みじゃないんだよね」 「へぇ〜」 なんと! 男の方は、惣菜が美味いことで有名なスーパーDがお気に召さないようだ。あそこの惣菜は美味とネットでも評判で、実際私も大したものだと舌鼓を打ったほどである。それをこともあろうに不味いなどと……いや、待て。この男、確かに不満は口にしているものの、「不味い」などと乱暴で主観的な物言いはしていない。「最近は自分の好みではない」と、当たり障りのない、やわらかな客観で言っている! ……これはなかなか、人間、そうそうできることではない。 (この男、市井の惣菜評論家だ!) 「まあとにかく、こんご惣菜には困らなそうだな〜」 そう話を続ける男の後を追い、他にもおすすめ...