惣菜の街
いま現在住んでいる場所には多くのスーパーがある。おおむねどれも良いスーパーだが、それぞれに長所と短所を持ち合わせており、その時々の用途によって行き分けている。たとえばスーパーAは駅前にあり最も近いが、いっぽうで線路を超えたスーパーBは今時に24時間営業という頼もしさがある。川沿いに下った湾岸にあるスーパーCはやや遠いものの、巨大なホームセンターやフードコートと併設されており、その規模に恥じぬ強力な品揃えを誇る。また、別方向にあるスーパーDはその近所に何もないのだが、自社ブランドの惣菜が美味いことで有名で、他に用事が無くともそれだけで行く価値がある。等々。
そんなスーパー戦国時代の真っ只中にある我が家に、また新たな国が誕生するというチラシの報が投げ込まれていた。その店(仮にスーパーEとしよう)は来月開店だそうだ。どんなスーパーなんやろな、とぼんやりと楽しみにしていたのだが、先日通りがかった工事中の建物の中に、真新しいスーパーEの看板を見かけた。ほう、ここに出来るのかと心中で呟いていたら、通りすがりのカップルも同じ看板を見たのか、そのままスーパーEの話題をはじめた。
「へえ、こんなとこにスーパーEができるんだ」
「ほんとだ」
「スーパーEは惣菜が美味しいんだよなぁ」
こうした地元民の忌憚のない声は貴重である。誰に言うわけでもない話なのだから、100パーセント本音であり、信頼できる。心の中で(スーパーEの惣菜、要チェックだぞ)と反芻する。そんな私をよそに、カップルはなおも会話を続ける。
「近くにスーパーDもあるんだけど、あそこの惣菜、最近オレあんま好みじゃないんだよね」
「へぇ〜」
なんと! 男の方は、惣菜が美味いことで有名なスーパーDがお気に召さないようだ。あそこの惣菜は美味とネットでも評判で、実際私も大したものだと舌鼓を打ったほどである。それをこともあろうに不味いなどと……いや、待て。この男、確かに不満は口にしているものの、「不味い」などと乱暴で主観的な物言いはしていない。「最近は自分の好みではない」と、当たり障りのない、やわらかな客観で言っている! ……これはなかなか、人間、そうそうできることではない。
(この男、市井の惣菜評論家だ!)
「まあとにかく、こんご惣菜には困らなそうだな〜」
そう話を続ける男の後を追い、他にもおすすめの惣菜など無いかご教授を賜りたかったのだが、残念ながら進む方向が違い、それ以上の情報を得ることはできなかった。ともあれ、スーパーDが無事開店した暁には、その惣菜の味、確かめてみよう……と、ぼんやりとした楽しみが少しだけ具体的になった。私は朗らかな足取りで帰っていった。カップルの女のほうが、男の惣菜トークに、全くといっていいほど食い付かなかったことに気づかないようにしながら。